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インフルエンザ情報/2桜「お蚕」/神無月がおわった・・・

(11月1日校長発)

    • 【インフルエンザ情報】

       本校6年生の子がインフルエンザに感染しきょうから休んでいます。一昨年は別として、例年より早い発症です。学校でも注意していきますが、ご家庭におかれても、うがいや手洗い等の励行にご留意願います。

       6年生の一日もはやい回復を祈ります。

さて、11月を迎えました。

神無月(かんなづき)の10月を過ごして、神無月のあいだ出雲(いずも)に集まっておられた八百万(やおよろず)の神々がそれぞれの地方に戻ってこられました。

ふたたび神々をお迎えして二ヶ月がたつと・・・・・

(続きは、↑↓見出しをクリックしてご覧ください)

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(続き)

神無月から霜月(しもつき:11月)にうつって二ヶ月を過ごすと、 

・・・・・「年の神」が各家庭にお出でになり、
    みんなが一つずつ年齢を重ねたことをお祝いくださる(お年玉をくださる)、

    その年の神をお迎えするために、

    年のうちにすす払い(大掃除)をしたり、
    門松を立てたり、
    神棚にお榊(さかき)を飾ったり、
    お屠蘇(とそ)を用意したり・・・・・

・・・・・これが日本の「お正月」のお祝いですね。

古くから日本では、生まれたその瞬間に「1歳」、そして「年の神」がお出でになったときに全員が1歳年を重ねるという「数え年」で年齢をかぞえていました。

そうすると、大晦日(おおみそか)に生まれた人は生後二日目で、もう2歳になっていたのです。

だから、昔は、同じ年に生まれた人は全員が同じ年齢でした。「同い年」(おないどし)という言い方をしますが、それは単に同じ年に生まれたというだけでなく、年齢そのものがまったく同じということを意味します。

それが、明治以降学制が敷かれて、学校には4月に入学するとなったとき、「同い年」のなかで1月から3月までに生まれた子(早生まれ)は、4月から12月に生まれた子(遅生まれ)より一学年はやく小学校に入学したわけです。同じ学年のなかでは4月から12月生まれの方が早く生まれているのに、「遅生まれ」と呼ぶのはそういう事情です。

神無月の話を枕にきょうの記事を書き始めたら、自分でも思わぬところへ話題を広げてしまいました。

さて、2年生の芋掘りの写真、日曜日の世田谷児童作品展の写真など、いまだ編集中です。

もうすこしお待ちください。

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【2年桜組「お蚕さま」観察】

きょうの児童の様子は神無月28日の「お蚕さま」観察のもようをご覧ください。
     ↓    ↓

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【コメントありがとうございました】

お二方よりコメントをいただきました。

(1)10月31日「松谷みよ子さんの詩」の記事に対して

    ご家庭でも、いじめ問題についてご指導いただいているとのことです。
    ありがたく存じます。

      ↓   ↓

    http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2011/10/post-242.html#comment-1876

(2)10月28日「お弁当のおでん」の記事に対して

    東京ではおでんが普遍的なおやつであったことなど「昭和」の思い出を語って
    くださっています。こういう思い出話はほのぼのとした気持ちになります。
    ありがとうございます。

      ↓   ↓

    http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2011/10/post-240.html#comment-1877

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コメント(2)

(非公表でお願い致します)いつも子供たちが大変お世話になっております。以前、給食の食材の産地を公表していただきたいという内容のコメントをさせていただいた者です。11月の給食だよりを拝見し、食材の産地を公表していただけたことに、心より深く感謝致しております。ありがとうございます。米と牛乳の産地も公表していただけると、尚ありがたく存じます。神経質とお思いになられるかもしれませんが、日本がこうなってしまった以上、子供たちの10年、20、30年後の健康を守るために、親として尽力して参るしかございません。今後ともどうかよろしくお願い致します。校長先生、いつも本当にありがとうございます。

(非公表でお願い致します)いつも子供たちが大変お世話になっております。以前、給食の食材の産地を公表していただきたいという内容のコメントをさせていただいた者です。11月の給食だよりを拝見し、食材の産地を公表していただけたことに、心より深く感謝致しております。ありがとうございます。米と牛乳の産地も公表していただけると、尚ありがたく存じます。神経質とお思いになられるかもしれませんが、日本がこうなってしまった以上、子供たちの10年、20、30年後の健康を守るために、親として尽力して参るしかございません。今後ともどうかよろしくお願い致します。校長先生、いつも本当にありがとうございます。