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○修学旅行初日(教頭レポート)
○6年生が留守の学校/児童来訪(明日掲載予定)

(校長発:平成29年4月18日火曜) 未明から早朝=嵐 その後=晴れ


本日より6年生が修学旅行に出かけました。

昨晩から天気予報で日本全国とも強い低気圧に覆われて荒れ模様、関東地方も台風並みの荒れ方だというので、無事の出発が叶うかどうか心配でした。朝の4時に目覚ましアラームを仕掛けて、起きましたが、外は大荒れです。

それでも教頭を団長とする修学旅行団の先生達は「修学旅行に行く!」という決断をしているかのように、私の電話はチリリとも鳴りません。教頭に団長を任せてはいるものの、ちと不安になりました。

でも夜が明けてくるにしたがって天気予報が嘘のように嵐がやみ、七時頃には晴れてきました。
こういう天気予報の嘘は嬉しいですね。

東京駅より無事旅だってくれました。下の写真は、主のいない6年生の教室です。
6年生がいないなかでも下級生はきょうもがんばっていました。その様子は明日掲載の予定です。

2017-0418-主のいない6年教室.jpg


(続きは、↑↓見出しをクリックしてご覧ください)

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【修学旅行初日(教頭レポート)】

 「教頭先生がいらっしゃらなくて、校長先生、寂しいでしょう?」
 用務員の並木さんが私にそう話しかけてきました。いつも身近で、教頭と打ち合わせている姿を見ているからですが、まあ、寂しいって訳はないですが(笑)、まあ、相棒ではありますからね。

 「そうですね。」と答えておきました。そう答えないと帰校した教頭が「なんだ、校長は自分のことをちっとも頼りにしていないのか」と思うといけませんからね(笑)・・・天の声:馬鹿だな、書かなきゃいいだけの話ではないか!

 まあ、とにかく、その教頭からきょうの写真が届くのは夜中になりますので、とりあえず、私のデータベースから6年生の本日の行程を選りだしてアップしておきます。

 以下の風景を観光したのは間違いないです。

それだけでは申し訳ないので、今日のレポートの余興として、教頭と交わしたメールを下に書いて紹介いたします。

          ↓ まずフラッシュ動画をご覧ください 2分半と1分

    ※1本目、「平城宮」と書くべきところ「平常宮」になっております。ご容赦を。


 では、教頭との交換メールをお読みください。
 教頭の返信から旅の様子をご想像願います・・あまり子供のことは想像できないかな?

1,朝

  私 「気をつけて引率願います。行ってらっしゃい。」

  教頭 「元気に出発しました。一人が発熱で不参加ですが回復次第 現地で合流の予定です。
      参加児童は皆元気です。もちろん教員も元気ですが。」

  私 「N君も回復して合流できると良いですね。無事安全を祈ります。
    皆さんに楽しい旅を、そのために規律ある仲間の旅をとお伝え願います。」

  教頭 「承知しました。ただ心配は、蒸し暑さだけです。」


2,昼

  私 「いまは金閣寺ですね。雨上がりの金閣寺境内は歩きにくいでしょう。
      靴は大丈夫ですか?この後の銀閣寺から哲学の道。青春の思索にふけってください。」

  教頭 「今、金閣寺を出発しました。雨が上がってから暫く経っているようで、歩きにくいということはありません。
     哲学の道を歩きながら、絶対矛盾的自己同一について、思索を深めてきます。」

  私 「・・・・・・・・・」

  ※私と教頭はほぼ同世代です(ホントですよ!笑)。 
   私らの頃の青春時代は、難しいことを難しく考えることが「流行り(はやり)」でした。
   いや私らの頃だけではなく、「大学生」や「青春」というのは、そういう年頃かもしれません。

   それにしても教頭が思い出した言葉はすごいですね・・・「絶対矛盾的自己同一」・・・40年ぶりに聞く言葉です(笑) 
   もとは、日本の大哲学者である西田幾多郎の哲学の概念です。
   西田幾多郎が歩いて思索を重ねた道だというので「哲学の道」と名付けられました。
   その道を6年生は歩いたのです。

       ↓ 「哲学の道」の由来を書いた看板


京都 哲学の道.jpg
京都 哲学の道 由来.jpg


    本日の記事は以上です。

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