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○漢字書き取り大会
○昨日の話のつづき

(校長発:平成25年10月12日土曜) 晴れ

    ※本日の記事は午前中にアップしております。

 今朝、「漢字書き取り大会」(2年生以上)を実施致しました。

 集中力の邪魔にならないように注意しながら廊下をすすみました。しーんとした中、空気はピリッと張り詰めて、すらすらかりかりと鉛筆の音だけが聞こえる如何にも受験会場という雰囲気でした。

 まだ漢字書き取り大会に参加できない1年生教室もしーんとしています。読書にいそしみ、また次の大会にそなえて漢字の練習に励む姿がありました。 これまたいい雰囲気でした。

 その後、普通授業にうつりましたが、いま音楽室から校長室に5年生の演奏がきこえてきております。 がんばっているなあと分かります。観察にいきたい衝動にかられますが、案件がありますので飛んでいけないのが残念です。

(続きは、↑↓見出しをクリックしてご覧ください)

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(それでは、昨日の続きです・・以下、エッセイ的文章だけで、写真がないことご容赦願います)

 人間は誰でも「頼みもしないのに」生まれてきました(と多くの人が思っています※)。そして、日常、多くの人はそのことについて特に何も考えず生きています。 それでいいのだと思います(というより、そんなことを考えていたら、実際には生活できない)。

 だから、ふと、なんのために生きているんだろうか?という問いに出会うと、とまどうことになるわけですが、その答えとして寅さんの台詞が絶妙だと思えるのです。

 「生まれてきて良かったなあと思うことがなんべんかあるだろう、そのために生きてんじゃねえかな?」

 とてもしみじみと胸にしみわたる言葉です。ほっとします。特に難しいことをやるために生まれてきたんじゃないんだ。 生きていて、ときどき、幸せ体験ができる、ちっちゃなことでも嬉しさを感じる、そのことが「生きている」ということなんだっていうことですね。

 哲学者や宗教家は、生きることの意味やなぜ生きなければいけないのか、どのように生きたら良い生き方ができるのか、というようなことについて解答を見出し、教えてくれます。 それらに耳をかたむけることはとても大事ですし、それを聴き知ることによって、よりよい人生にしようという意欲がわいてきたりもします。 向上心の源を与えてくれるのが宗教家であり哲学者です。

 でも、我々自身は日常いつもそんなことを考えて生活するわけにはまいりません。いろいろなことが生起消滅することに追われて生活するからです。 そんな日々が苦しいだけだったら人生に疲れてしまいます。 心身の休息がなければ心もからだも病気になります。

 それを防ぐのが、あるいは心身の病がおとずれたときに必要なのが、幸せだなあとか嬉しいなあとか思う体験ですよね。寅さんのことばです。 そう思うことが多ければ、誰も死にたいと思わずに生きていけるわけです。

 思えば、幸せに感じたり嬉しさを感じたりするのは、その反対の悲しさやつらさを知っている人ほど、より強く幸せや嬉しさを感じとれるのではないかと思います。だから、人間の「生」には、悲しさやつらさも必要なことですね。 それは同時に、悲しくつらい境遇の人の気持ちに寄り添う力でもあります。

 私事を語ることをお許し願いますが、私の母はもうすぐ94歳になります。田舎で一人で暮らしておりますが(私は親不孝だなあ)、帰省して話すといつも「まだまだ生きたいと思うよ」と言います。その母がこないだ私が短い帰省をしたときに脳梗塞でたおれて入院しました。

 かけつけると、お医者様に左脳に血が通っていなくて危篤におちいる危険性がたかいと言われました。 私は翌日帰京の予定でしたが、このまま帰京できないかもしれないと覚悟を定めました。母の天命はここまでだったかと思いました。

 それが翌日になると左脳に血が通っていると言われ二週間後にもういちどCTスキャンするからと言われました。ほっとして帰京し、しなければならないことをやって、また急ぎ帰省しようと考えたのですが、幸い、その後の連絡で意識をとりもどし、いまリハビリに励んでいるといいます。母の生命力に感謝しておるところです。

 母は「まだまだ生きたい」というときに決まって、「まだまだ嬉しいことに出会えるだろうから」といいます。奇しくも寅さんの台詞と同じです。それが母の生命力なのだろうと思っている次第です。

 私ども教師は、宗教家や哲学者が教えてくれる「生きる意味」を伝えることも大事な仕事ですが、もっと大事なことは、こどもたちに幸せ体験、喜び体験をいっぱい味わわせてやることだと思っています。 また、つらさや悲しさにうちひしがれているこどもたちに、こんどまた嬉しいと思うことがあるよ、がんばろうと励ましてやることが職責の一つです。

 そういう幸せ体験、喜び体験がいっぱいある子は大きくなってから、どんなことに出会っても「まだまだ生きたい」と思うようになるのではないかと思うからです。

 私の母は老後こそ落ち着きましたが、嫁いでから私どもこどもを育てている間は塗炭の苦しみをしてきた人です。 でも、幼少の頃に小さな幸せ体験、嬉しい体験がいっぱいあったのだと思います。また嫁いでから塗炭の苦しみの中でも、子育てのなかに幸せや喜びを見出していたのかもしれません。

 思えば、それら喜び体験をまだしっかりと聞いておりませんでしたので、こんど帰省したら、しっかりときいてまいろうと思います。都市大っ子を育てるヒントがきっと詰まっているように思います。

 ※もう一つだけ書いておきます。冒頭に触れたことについてです。

 私は四十まわりのころから(今でいえばアラフォー)、人は確かに頼みもしないのに生まれてきたと思って良いけれども、実は生まれて欲しいと頼まれて生まれてきたのだと思うようになりました。

 若いころは、「望まれて生まれてきたのではない」深刻な不幸を背負っている人もいると考えていたこともあります。でも四十の坂にさしかかるころから、そういう人でも生をうけた以上は、それは「天に頼まれて生まれてきたのだ」と思うようになりました。

  「天」というのは神様でも仏様でも宇宙でもなんでも良いのですが(というと怒る人がいるかもしれませんが、ここはご容赦を)、人智をこえる存在のことです。

 人の力ではどうしようもできないことがこの世には確かにあります。そういうものをつかさどるもの、あるいは、そういうことそのもの・・・それを「天」と私は思っております。「天の定め」や「運命」といっても良いのですが。

 人は誰でも、天に頼まれて生まれてきた。頼まれて生まれてきたからには、必ず、その頼みを果たさなければならないことがあるはずだ、しかもその頼まれている「頼み」はみんなが背負っているわけだから、人同士おたがいに助け合って果たしていくべきだろうというようなことを考えるようになりました。

 その頃です。「生きているのではない、生かされているのだ」ということばが胸にひびくようになったのは。 思えば子育てまっさいちゅうの頃です。

                         以上

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