「日本でいちばん大切にしたい会社」@5年社会科見学
(校長発:平成24年11月29日木曜) 天気 曇り
本日は、3年生が「農家の生活」見学、5年生が「社会科見学」に出かけました。
3年生の活動は後日に回し、本日は5年生の見学の一部について報告致します。
(続きは、↑↓見出しをクリックしてご覧ください)
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5年生は午前中、川崎市高津区の日本理化学工業株式会社を見学し、午後は浅草見学でした。
※日本理化学工業は小澤事務長の紹介で選びました。教育職と事務職の連携
プレーです。これも都市大付属小の「強さ」です。
理化学工業には80名を収容して講演できるお部屋がないということで、大山会長さんがわざわざ本校にお出でいただいて朝の8時から講演してくださいました。その後、高津の同社見学というように取り計らっていただきました。 浅草見学は後日回しとします。
また、写真についても後日掲載といたします。
【大山泰弘会長講演@5年社会科見学】
きょうの5年生が聞いた大山泰弘会長のお話は大変胸を打つお話でした。 会長さんのお許しを得ていますので、皆様に読んでいただこうと思います。 長文になりますが、ぜひご一読いただきたいと思います。
- 日本理科学工業株式会社は、2008年のベストセラー「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司著 あさ出版)で紹介された会社です。
そして、大山会長は、2009年 「渋沢栄一賞」を受賞され、さらに2012年には、「第46回吉川英治文化賞」を受賞されました。受賞理由は<知的障碍者雇用の草分けとして52年。「働くことで人間は幸せになれる」を実践し続けている>
○会社のホームページは→ http://www.rikagaku.co.jp/
○村上龍さんがホスト役のカンブリア宮殿にも出演されたことがあります。
↓
http://www.pideo.net/video/pandora/35613f7f82a998c6/
では講演記録をお読みください。
ダストレスチョーク製造元
日本理化学工業株式会社
大山泰弘会長の講演
(文責:重永)
おはようございます。
私の会社は、チョークを作っている会社です。学校でつかうチョークです。 昭和12年に父が創業しました。うちで使っているチョークを都市大付属小でも使っていただいていると聞きました。ありがとうございます。
昔からあるチョークは石灰でつくっていますが、私のところは石灰ではなく炭酸カルシウムでつくっているんです。 チョークの粉がとばないようにしてはあるけれども、仮に先生方の体に粉が入っても炭酸カルシウムは溶けて骨の成分になるんです。
チョークメーカーとして、日本理化学工業は昭和12年の創業だけれども、いまはトップメーカーとなっています。 現在国内で35%のシェアをもち、国内では最も利用されているチョークです。関東だけに限れば70%ちかくのシェアをもっている。
そして私の会社の特徴は、知的障碍者(しょうがいしゃ)の人々を雇用しているということです。全部で74人の従業員がいるが、そのうち55人が知的障碍者です。 知的障碍者の人々によって「人の幸せとは何か」を教えてもらいました。 障碍者の人も幸せになれる社会というのを大事に思っています。
私は日比谷高校から大学に進学して昭和31年に大学を卒業しました。 なりたかった職業はほかにあったのだけれども、父が病気ということもあって、会社の跡を継ぐことにした。
父の会社に入社して間もないころ、昭和34年の秋のことだった。
青鳥養護学校の先生が会社に見えて、卒業する知的障碍者を雇ってもらえないだろうかという相談をうけた。 当時は「精神薄弱児」つまり「精神が薄くて弱い子」という呼び方をしている時代で(いまはそんな呼び方をしてはいけません)、私は、そんな子を引き受けたら仕事ができないと思って断りました。
しかし、養護学校の先生が次のようにおっしゃいました。
「この子たちは就職ができなければ、中学校を卒業した後、一生、施設で過ごすことになります。 働くということを知らないまま一生を過ごします。 せめて一生に一度、短い期間でも良いから、働くとはどういうことかを経験させてもらえないでしょうか。」
私は、先生の言葉に心を動かされた。二週間あずかることにしました。
女子二人でした。 この二人が一生懸命はたらいてくれた。 それで、二週間ではなく、ずっと働いてもらうことにした。これが「日本理化学工業と知的障碍をもった人との初めての出会い」だったのです。
その後、禅寺のお坊さんとお話をする機会があって、自分の胸のなかにある思いを相談してみたことがあります。
「知的障碍を持っている人というのは、福祉施設で大事に面倒をみてもらうことの方が幸せなんじゃないでしょうか。会社ではたらけば電車や道路など通勤途上の危険もあったりしますから。」
禅寺のお坊さんは私を諭してくださった。お坊さんは、
「人間の究極の幸せは、
人に愛されること、
人にほめられること、
人の役に立つこと、
人から必要とされること
の4つです。大事に面倒をみてもらっているだけでは人間は幸せになれません。」
私は、知的障碍者の方々に働く場を提供することが、障碍者の方々の幸せなのだと教えていただいたわけです。それ以来、知的障碍者を採用しつづけています。
皆さん、字を読めない人がどうして仕事を覚えられると思いますか。 知的障碍者の方々に仕事を覚えてもらうには工夫が必要になってきます。
時計を読めない人に、時間を区切ってミキサーを回し止めてもらうためには、砂時計をつかいます。
秤(はかり)の目盛が読めない人に正確な分量をはかってもらうためには、容器とおもりを同じ色にして、つりあうところで容器に入れるのをやめるというようにする。 このように工夫すれば知的障碍をもっている人でも働けるのです。
こうして、知的障碍者の人がたくさん日本理化学工業で働くようになった。
あるとき、会社見学にきた小学校五年生が、次のようなお手紙をくれました。
「字が読めない、計算もできない知的障碍者の皆さんがあんなに上手にチョークを作っているのにびっくりしました。僕にはとてもまねできません。 天の神様はどんな人にも世の中で役に立つ才能を与えてくれているのですね。僕は僕のできることで世の中の役に立つ人になって頑張ります。ありがとうございました。」
皆さんと同じ年齢だ。素晴らしいことに気づいてくれたなと思う。
人間という動物は一人では生きてゆけない動物です。 周りの人を大事にすることで自分も大事にされるように本能ができている動物が人間です。 「共感」って言葉、分かるかな。「共に感じる」と書きますね。 どんな人でも「共感」が満たされるようでなければ幸せにはなりません。「人の役に立つ幸せ」ということです。
人のために尽くしていると幸せになれるんですよ。 作家の村上龍さんは「人の幸せのために一生懸命やっていると、それはブーメランのように自分にもどってくる」と言っています。
実はね、私は学校の先生になりたかった。 「二十四の瞳」という本(壺井栄 1952年)に次のように書かれてあるんです。
「教師とは人の心を美しくする彫刻家である」
でも、私は父の会社を継いだので先生にはなれなかった。
それでも、知的障碍者の人たちといっしょに一生懸命歩んできた。
しかし、ホワイトボードが出てきた時はちょっと困ったことになりました。 ホワイトボードが普及すると黒板がいらなくなり、チョークがいらなくなるから日本理化学工業にとっては困るんです。
そうしたら、早稲田の先生が応援してくださった。ガラスに書いて簡単に消えるチョークというのを共同開発してくださったのです。 これならホワイトボードに負けない。
一生懸命、知的障碍者の方といっしょに歩いてきたから、助けてくれる人も出てくるのですね。
最後にそのチョークを紹介して話を終わり、私の会社にご案内しましょう。
以上