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「日本は最高の国」・・生麦事件の犠牲者リチャードソンの日本の印象

(校長発:平成24年8月1日水曜) 天気 曇り

    ・夏休み12日目

  早いですね。夏休みに入ってからもうすぐ二週間を迎えようとしています。

  これからも健康に気をつけてお過ごしください。

(続きは、↑↓見出しをクリックしてご覧ください)

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きょうは一般的な話題を。

先日、神奈川新聞を久しぶりに読んでいたら、文化欄に興味深い記事が載っていました。

生麦事件といえば教科書にも載っている有名な事件です。幕末の文久2年(1862)、薩摩藩の大名行列に正面から騎馬ごと乗り入れてしまった英国人が、「この無礼者!」といって薩摩藩士に殺傷された事件です。

殺された英国人をリチャードソン(当時29歳か30歳)といいますが、神奈川新聞(平成24年7月25日付)によると、このリチャードソンが英国の父親に出した手紙のなかで、日本の印象を書いたものが残っていることが、最近わかったのだそうです。

しかも、その内容が日本にとって大変うれしい記述です。

神奈川新聞(7月25日付)から一部、引用してみます。

「日本はイングランド以外の場所で私が訪れた最高の国です。

 山や海の景色は抜群です。・・・・・・

 上海から馬を連れてきましたので、人に頼らずに比較的自由に動けますし、

 実際、多くの場所を訪れました。幸運にも江戸に行くこともできました。・・・・・

 江戸という都市の素晴らしさは驚きです。江戸の官庁街ともいえる界隈が・・・

 ちょうどロンドンのリージェント・ストリートほどの道幅の通りが集まっています。」

手紙の写真も掲載されていますが、とても美しい筆記体の英文です。

                  ↓ 版権に配慮して極一部だけを切り取りました。

richadson letter.jpg

日本をべた褒めに褒めてくれている英国青年を殺害してしまった・・・・・なんとも言いようのない気持ちがこみあげてきますね。 

当時、開国して欧米各国から大勢の外国人が来日していた日本において、大名行列が通る時は、幕府から欧米各国領事に事前通達がなされることになっていたのですが、殺されたリチャードソンら英国人は、その日、手違いからか知らされていなかったそうです。

知らないまま、四名の騎馬で東海道を散策していたとき、生麦の地において、大名行列に正面から相対することになってしまい、事件発生となったわけです。

実に残念なことですが、よりによって日本を愛してくれていた外国人を殺してしまったとは、何をか言わんや・・・・・帝国主義世界のなか日本では攘夷運動が盛んであったという当時の状況を考えると単純に「日本の侍は野蛮人」と切って捨てるわけにはいかないのですが、また、まさか出遭うとは思ってもいなかったリチャードソンのことを「大名行列に割り込むなど言語道断」と一方的に責めることもこれまたできない相談です。その後、薩摩藩は英国海軍によって鹿児島市街を砲撃されてしまいますが、それをふくめて、幕末という状況のなかでの悲劇というほかありません。

ところで、リチャードソンのような「日本称賛」は、幕末に来日した外国人に共通のものでした。

ほかにも「トロイ遺跡の発見」で有名なシュリーマンが来日したおり、日本の風景の美しさだけでなく街路の清潔さに驚嘆していますし、また日本人の礼儀正しさや正義感を激賞しています。ほとんどの外国人は日本の風土と国民性を敬愛してくれていました。

昨年の3月11日東日本大震災にたいして被災者の方々をはじめ多くの日本人がとった態度が世界で激賞されました。これからも、日本が世界から激賞されるような国土と人づくりに励みましょう。そのことが生麦事件の犠牲となった英国人リチャードソンの霊に報いる道だと思います。

                    (以上)

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